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神戸地方裁判所 昭和37年(ヨ)725号 判決

申請人 溝口敏行

被申請人 神戸船渠工業株式会社

主文

被申請人は申請人を被申請会社従業員として取扱い、且つ昭和三七年一〇月二一日以降毎月二五日限り一ケ月金一万〇一四〇円の割合による金員を仮に支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、主文同旨の裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「申請人の本件仮処分申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人は昭和三七年四月初め頃被申請会社(以下単に会社と言う)に採用された従業員であり、昭和三七年一〇月二〇日当時には毎月二五日の給料日に被申請人より一ケ月金一万〇一四〇円の平均賃金の支払を受けていたところ、右一〇月二〇日被申請人から口頭にて同日限り解雇する旨の意思表示を受けた。

二、しかしながら右解雇は次の理由により無効である。

(一)  解雇事由の不存在

本件雇傭契約は以下に述べるように期間の定めのない契約であるから、申請人には被申請会社就業規則(以下単に就業規則という)が適用され、従つて就業規則第四〇条、四八条所定の事由なくしては解雇されないところ、申請人は勤勉誠実に勤務していたものであつて解雇される理由は全くなく、本件解雇は右就業規則所定の解雇事由のいずれにも該当しないのになされたものであるから無効である。即ち

1 本件雇傭契約には期間の定めがない。

(1) 申請人は会社に採用された際被申請人との間に雇傭期間を記載した労働契約書を作成取交しておらない。もつとも、入社後一月以上経過した頃、被申請人から雇傭期間を記載した労働契約書と題する書面を交付された事実はあるが、申請人は右書面の内容がそれまでの被申請人の説明と異つていて納得できなかつたので、これを被申請人に作成提出しなかつた。

(2) 被申請人は、他の一般の企業が養成工と呼称する従業員を採用する方法と同様に、昭和三六年秋頃神戸公共職業安定所に翌年の中学卒業予定者の求人申込をなし、当時神戸市立大橋中学三年在学中であつた申請人は同年一二月頃学校を通じ右安定所から職業紹介を受けて被申請人の求人を知つた。そして被申請人の前記求人申込に示された労働条件その他求人の条件は、次のような内容であつた。

(イ) 「見習工」として、船舶造修についての機械鉄工、銅工、仕上等の見習に従事すること。

(ロ) 昇給賞与の年単位回数及び金額

(ハ) 学資の補助及びその金額

右によると、被採用者を会社の基幹的作業の見習に従事させ、将来は中堅的労働者とすること従つて永続的雇傭を前提とする趣旨が明らかであつた。

(3) 被申請会社への応募を決意した申請人は、前記安定所の係員から求人条件について更に詳細な説明を受け、履歴書、写真、戸籍謄本等を提出するなど煩雑な手続をふみ、筆記試験、身体検査、面接等厳格な審査を経由し、しかも被申請人の指示によつて定時制高校を受験し合格のうえで最終的に採用が決定されている。

(4) 申請人は採用前の面接及び入社の際に雇傭期間については全然説明を受けておらない。即ち、面接では被申請会社を希望した理由について質問があり決意の程を確かめられ入社に際しては申請人等新入従業員全員に対し会社幹部から真面目に末永く勤務し立派な中堅幹部になるようにとの訓示があり歓迎会が催されてその前途を祝福激励されたのである。

(5) 申請人は会社に採用された頃雇傭に関する保証人の保証書を差入れているが、右書面には雇傭期間に関する何等の記載もなかつた。

右のような各事実からみて本件雇傭契約には期間について定めがないことが明らかである。

2 申請人には会社就業規則の解雇に関する規定の適用がある。

(1) 被申請人は昭和三二、三年頃から毎年四月に中学卒業者を一〇名乃至二〇名宛採用するようになり、これらの者を定時制高校に通学させ、その四年間を見習期間とし、社内において養成工と呼んできたが、右の期間中の者は正式には「見習工」である。従つて被申請人が主張するように右の見習期間四年間のうち当初の六ケ月間を更に見習とすることは意味がない。その故に就業規則その他においても会社の言う養成工やその見習について何等の定めをしていないのである。見習工は採用後六ケ月間だけ会社と神戸鋼船労働組合神戸船渠支部(以下単に組合と言う)との間における労働協約の取扱い上非組合員とされていたに過ぎず、右六ケ月の期間の前後によつて会社に対する雇傭契約上の地位に何等の変化を生ずるものでもない。

(2) 申請人は右に言う養成工であるが、会社の従業員たる地位に変りはなく、当然に就業規則の適用を受ける。即ち

(イ) 申請人の身分証明書には従業員であること及び一般の従業員と同様に一ケ年の有効期間が明記されている。

(ロ) 申請人は就業規則第二条の常傭従業員であつて同規則第六条の臨時雇入者ではないから、右就業規則の適用を受ける従業員であることに疑の余地がない。

(ハ) 申請人は前記のごとく見習期間を四年間とされた見習工であつて、就業規則第四条の一定期間の見習を命じられた者に該り、一四日以内の期間中に何時でも解雇しうる以外は同規則所定の事由がない限り解雇されない従業員としての身分を有している。

3 覚書の内容は申請人の地位を左右しない。

被申請人と組合との間に作成された覚書(乙第一号証)には、見習中の期間の者を臨時従業員に含ましめ、且つその但書部分において「見習中の期間の者に限り勤続通算六ケ月を限度とし、成績良好にして将来性のある者に限りその翌月二一日付にて本雇に雇替する」旨記載されている。しかし右覚書の内容は申請人の契約上の地位を左右するものではない。即ち

(イ) 右覚書の但書部分は、その作成の経過からみて二ケ月契約の臨時工について取決められたものであるから、覚書に言う「見習中の期間の者」とは特に覚書上では臨時工を指すと解し得るし、右の解釈ができないとすれば覚書は記載上の誤りと言うべきであるから、実質的な取決め通り臨時工についてのみ効力を生じるだけである。

(ロ) 仮に記載文言通り取決めがなされているとすればそれは錯誤による意思表示であるから無効である。

(ハ) 覚書の記載内容からみても、見習中の期間の者の雇傭期間が六ケ月であるとの定めはなく、「成績良好にして将来性あるもの」に該らない者が当然雇止めとされまたは解雇されるとは解し難く、却つて「本雇に雇替」されなくとも従前の雇傭関係が継続する趣旨と解せられる。

(ニ) 覚書は会社組合間の取決めであり、且つ両者が非組合員の種別とその取扱いについて定めたに過ぎないものであるから、非組合員である申請人と会社間の雇傭契約に何等影響せず、またこれを拘束するものではない。

4 本件は解雇であり、且つ就業規則所定の解雇事由がないのになされたものであるから無効である。

申請人は会社の従業員としてその就業規則の適用を受けるべき地位にあることは前記のとおりである。しかるに本件解雇は就業規則第四〇条、四八条の解雇事由に関する定めを無視し、その適用について何等の考慮もなされず、同規則所定の解雇事由が存しないのになされたものであるから無効である。

(二)  解雇についての正当事由の不存在または公序良俗違反ないし権利の濫用

本件解雇は以下に述べるように解雇に価する事由を欠き、公序良俗に反し、または解雇権の濫用として無効である。

1 申請人が他の工員と比較して目立つて服装が乱れていたり、または職場を離れて怠けた事実はない。

2 被申請人は申請人の定時制高校への出席状況の不良を解雇理由そのもの若しくは少くとも解雇の決定的な理由としている。しかし申請人は本件雇傭契約上通学し且つ学資の一部支給を受けるべく保障されていたが、通学することは雇傭契約の内容若しくは労働条件ではなく、通学は雇傭契約上義務づけられていないから、出席の不良をもつて解雇理由とすることはできない。また申請人は雇傭契約外において特に通学する旨の約束をした事実もなく、ただ通学するよう奨励されたに過ぎないが、仮に雇傭契約外において通学の約束が認められるとしても、申請人に対する拘束力を有しないと解すべきであるから、約束に違反した点があるとしても解雇理由とすることはできない。

3 また、若し通学を怠れば解雇すると言うのは実質的な通学の強制であり、殊に被申請会社のように神戸市立産業高校という特定の学校を定め、これ以外の学校に対する選択の自由を認めずに通学を強いることは、市民的自由に対する不当な干渉であり、ひいては学問の自由に反し且つ教育を受ける権利を侵すものであるから、通学を怠つたことを理由に解雇することは公序良俗に反し、乃至は権利の濫用であつて無効である。

三、保全の必要

申請人は解雇無効確認訴訟を提起すべく準備中であるが、本件解雇により就労及び賃金の支払を拒絶され、その生活は窮迫した状態にあるので、本件仮処分申請に及んだ。

第三、被申請人の答弁及び主張

一、申請人主張の一の事実のうち、申請人がその主張の頃被申請会社に採用された従業員であること及び昭和三七年一〇月二〇日被申請人において口頭で同日限り解雇する旨の意思表示をなしたことは認める。但し申請人は後記のごとく期間満了によつて従業員としての地位を失つたものであり、解雇という語は形式的に用いているに過ぎない。

二、本件解雇の意思表示が無効であるとの主張は争う。右意思表示は次に述べるとおり有効なものである。

(一)  解雇事由の不存在の主張に対して

本件雇傭契約は、昭和三七年四月二日から同年一〇月二〇日までを見習期間とし、期間満了の際に成績良好で将来性のある者に限り本工に採用し、本工に採用されない者は期間満了により従業員たる地位を失うものである。申請人は右見習期間満了の際後記3のような理由により本工に採用されなかつたので、期間満了により自働的に従業員としての身分を失つたものである。即ち

1 被申請会社は、昭和三二年頃から将来の中堅幹部要員として中学卒業者を採用し、定時制高校へ通学させることとし、右の目的で採用される中学卒業者を養成工見習と呼んでいる。しかし従来は制度上の根拠はなく、慣行として最初の約六ケ月を見習期間とし、その期間内に成績良好で将来性ありと判定された者は本雇とし(組合員となり)、同時に見習の文字が消えて本工たる養成工と呼ばれていたが、昭和三六年五月二〇日被申請人と組合との間に右慣行と同旨の協定をなし、同協定は労働協約と同一の効力を有する覚書(乙第一号証)に作成され、これによつて制度上の根拠ができたものである。

なお、養成工見習は就業規則第六条の臨時雇入者に該り、同条によると臨時雇入者については別に就業規則を定める旨規定されているから、前記被申請会社就業規則の適用はない。

また、養成工見習は就業規則第四条の一定期間の見習を命じられた者でもない。

2 申請人は昭和三七年四月二日養成工見習として採用され、神戸市立産業高校へ卒業迄通学する旨の約束をした上同僚一四名と共に入社したものであるが、入社の際被申請人から同年一〇月二〇日までは見習期間であり期間満了の際成績良好の者を本工として採用する旨明示され、これを承諾したからこそ採用されたものである。申請人と会社との間に雇傭期間を明示した労働契約書が取交されていないことは認めるが、これは申請人と同時に採用された全員に対し用紙を交付して契約書の提出を求めたところ、他の者は全員これを提出したのに拘らず申請人のみが提出しておらないのであつて、契約書を提出していないからと言つて雇傭契約の内容が期間の定のないものに変化する理由はない。

なお、養成工見習が定時制高校に通学することは、雇傭契約の内容若しくは労働条件となつているものではない。

3 申請人は正当な理由なく産業高校への登校を怠り、会社の労務課及び職場の上司から再三注意を受けたのに拘らずその態度を改めず、学校より会社に対しても再三警告があり、このままでは退学処分になる虞があるとまで云われるに至つた。申請人と同時に採用された者のうち、出席不良に拘らず本工に採用されたのは申請外曾原伸二、同藤井高志の二名であるが、この二名は会社より注意を受けた直後はよくなつており、従つて職制が注意指導をよくすればなお将来の見込ありと認められたものである。更に申請人は登校の途中社外の不良少年と喧嘩をして学校より注意があつたり、会社に於てもだらしのない服装、態度のため数回注意を受けたが反省の色がなく、また二、三回無断で職場を離れ三〇分から一時間三〇分に及んだこともあつた。

4 以上の事実を綜合した結果、申請人は被申請人の期待する将来の幹部工員としての適格性を欠くものと認め、見習期間満了に際し本工として採用しないことに決定した。従つて申請人は期間満了により雇傭関係が終了し従業員としての地位を失つたものであるから、本件解雇は就業規則所定の解雇事由に該当しないと言う申請人の主張は理由がない。

(二) 解雇についての正当事由の不存在または公序良俗違反ないし権利の濫用の主張は争う。

三、申請人主張の保全の必要性は争う。即ち、申請人は本件雇傭関係終了後、既に他に就職して働いているので保全の必要がない。従つて本件仮処分命令に申請は却下さるべきである。

第四、当事者双方提出の疎明及びその認否〈省略〉

理由

第一、申請人の地位及び申請人に対する雇傭契約終了の意思表示

申請人が昭和三七年四月二日から被申請会社に従業員として勤務していたものであること、及び同年一〇月二一日以降被申請人が申請人との雇傭関係は終了したものとして取扱つていることは当事者間に争いがない。

第二、本件雇傭契約の性質

そこで本件雇傭契約が終了したか否かを判断する前提として右雇傭契約の性質について考察する。

一、成立に争いのない甲第二号証、証人平原冨美子の証言により真正に成立したと認められる甲第六号証に、証人赤崎政応、同笠松勝、同藤井高志、同平原冨美子、同秋山孝、同国武定三の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  被申請会社は昭和三二年頃から中学の新規卒業者を、将来の現場における中堅幹部要員として、毎年四月公共職業安定所を通じて十数名乃至二十数名宛採用するようになつた。このため会社は安定所に求人の申込をなしているが、昭和三七年四月に採用された者については、求人情報(甲第六号証)によると次のごとき労働条件を示して求人の申込をなしている。即ち

(イ) 職種 見習工

(ロ) 従事する作業内容 船舶造修についての機械鉄工、銅工、仕上などの見習に従事する。

(ハ) 労働条件及び福利厚生面 日給三四〇円、交通費六〇〇円支給、学資補助五五〇円、通学可

(ニ) 選考方法 筆記試験、面接、身体検査

(ホ) 備考 昇給一回、一回八〇〇円位、賞与二回二ケ月分以上

しかして会社は応募者に対し右求人情報記載の筆記試験、面接及び身体検査を行い、また将来の現場における中堅幹部として必要とされる一般常識及び専門に関する基礎知識習得のために採用者を所定の勤務時間終了後定時制高校に通学させることとしており、昭和三七年四月に採用された者については神戸市立産業高校を特定して受験させ、これに合格した者を採用している。

(二)  このようにして採用された者は、定時制高校に通学する四年間は養成工と呼ばれ採用後最初の六ケ月間は所謂見習として技能の習得に励み、右見習期間を経て本工たる養成工に登用されているが、見習工から本工への登用に当つては特に勤務成績等が劣悪でない限り殆んど自働的に本工へ登用されていたのが実状である。また会社側は見習期間を経過して本工とする際に改めて労働契約を締結したり、その旨の書面を作成する等の手続はとつておらず、作業内容についても右期間の経過の前後によつて別段変化は見られない。

(三)  会社の就業規則(甲第二号証)には、工員雇入れの方式として三〇日間の試用期間または一定の見習期間をおく本工採用制度ならびに臨時雇入者の制度を定めている。即ち、同規則第四条には、「会社は従業員として就職を希望する者を詮衡し、所定の手続を以つて従業員として雇入れる。新たに採用された従業員は三〇日間の試用又は一定期間の見習を命ずる事がある。試用又は見習中の期間中と雖も技能勤労振り等の良好でない者は一四日以内の期間中にいつでも解雇する事が出来る。試用又は見習期間を設けられた者が試用又は見習を終て引続き採用されるに至つた時は、その当初から採用されたものとする。」と規定され、第六条には、「臨時雇入者については別に定める就業規則による。」と規定されている。但し右臨時雇入者についての就業規則は作成されておらない。

(四)  これ迄に採用された養成工のうち、任意退職者は別として、六ケ月の期間経過の際に雇傭契約が終了したものとして取扱われた者は申請人を除いては存在せず、他の全員が所謂本工に採用されている。

二、次に成立に争いのない甲第五号証、前掲甲第六号証に証人藤井高志、同平原冨美子、同赤松啓次郎、同国武定三の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すると以下の事実が認められる。

(一)  申請人は中学三年在学中であつた昭和三六年一〇月頃学校及び神戸公共職業安定所から就職指導を受け、求人情報によつて被申請会社を含む五二三社の求人を知り、その中から被申請会社を選んで応募したが、右求人情報には前段(一)に認定したような労働条件の記載はあつたが、六ケ月の雇傭期間を定めて採用するものである旨の記載はなかつた。そして申請人は数学、英語、国語、社会の筆記試験、面接及び身体検査を受け、なお右面接の際に被申請会社に採用されるためには神戸市立産業高校に合格したものであることが必要である旨の説明を受け、昭和三七年三月右高校入試に合格した上被申請会社に採用された。

(二)  会社は右面接及び入社式の際に被申請会社総務部長または労務課長赤松啓次郎から、採用後六ケ月間は見習であつて、その間の勤務成績等を綜合勘案して本工に登用するか否かを決する旨説明している。

(三)  申請人は採用後間もなく会社から労働契約書用紙(甲第五号証)及び保証書用紙を交付せられ、その提出を求められたが、右労働契約書用紙には雇傭期間を昭和三七年四月二日より同年一〇月二〇日迄とする旨の記載があつたので、申請人は本件雇傭契約は期間の定めのない契約であると考えていたところから、右保証書は提出したが労働契約書は会社に提出しなかつた。

三、以上認定の事実関係によると、会社は就業規則第四条に工員雇入の方式の一として一定の見習期間をおく本工採用制度をとつているところ、被申請会社の所謂養成工は、将来の現場における中堅幹部要員として、中学の新規卒業者を、公共職業安定所及び学校を通じて、厳格な採用試験を実施した上採用したものであり、前記求人情報によつても、会社は応募者を見習工として採用する旨及び永続雇傭を前提とした労働条件が示されていて、六ケ月の雇傭期間を定めて採用する趣旨の記載はなく、他方養成工は採用後六ケ月間は所謂見習工として働き右の期間を経過して引続き雇傭されることによつて本工に登用されていたものであることが明らかであるから、被申請会社の養成工は当初からその雇傭期間については永続雇傭を前提とした所謂期間の定めのない契約により採用されたものであつて、たゞ、採用後最初の六ケ月間に限つて単にこれを見習期間としたに過ぎないものと解すべきである。従つて被申請会社の就業規則上は第四条の一定期間の見習を命じられた者に該り、期間を定めて雇傭された所謂臨時工その他第六条にいう臨時雇入者とはその性質を異にするものと言わなければならない。もつとも、前記労働契約書用紙には雇傭期間として昭和三七年四月二日から同年一〇月二〇日迄とする旨の記載はあるけれども、以上の諸事情に照らし右期間は雇傭期間ではなく見習期間の意義に理解すべきものである。

次に、被申請会社の養成工は、その見習期間中は所謂本工とはされておらず、採用後六ケ月の見習期間を経過して引続き雇傭せられることによつて本工に登用されるのであるが、会社は養成工採用の際最初の六ケ月間は見習であつてその間の勤務成績等を勘案して本工に登用するか否かを決定する旨説明していること、就業規則第四条には、「見習期間を設けられた者が見習を終て引続き採用されるに至つた時はその当初から採用されたものとする。」と規定されており、且つ養成工が見習期間を経過して本工に登用される際に改めて雇傭契約書を取交すとか保証人の保証書を提出させる等の手続はとつておらないし、右期間経過の前後においてその職務内容にも変化がなかつたことを考え合わせると、被申請会社の養成工は最初の六ケ月間を見習期間としてその技能の養成、習得を目的とするとともに、その期間内において会社側が従業員としての適格性について判断し、これに欠けるところがなければ、右期間を経過することによつて当然に見習工から本工に登用されるものと解すべきである。

従つて少くとも右の見習期間中は会社就業規則の解雇に関する規定はそのまま適用されるものと言うことはできないが、被申請会社の養成工は中学の新規卒業者を将来の現場における中堅幹部要員として採用したものであつて、当然に永続的な雇傭関係が予定されておるのであるから、見習期間の終了にあたつて本工に登用せず従業員たる地位を失わせるためには、特に従業員としての適格性を欠くとの客観的な合理的事由がなければならないと言うべきである。もつとも成立に争いのない乙第一号証(覚書)によれば会社と組合との間において、見習期間中の者は勤続通算六ケ月を限度とし成績良好にして将来性のある者に限り本工とする旨の協定がなされており、右覚書の文言自体からすると、見習工から本工への登用基準は前述のように単に適格性に欠けるところがない、と言ういわば消極的な事由だけでは足りず、むしろ成績良好で将来性のあることが積極的に肯定されない限り本工には登用されず従つて従業員としての地位を失う、と言うかなり厳格な趣旨にも解されるが、右覚書が作成締結されるにいたつた経緯を仔細に検討すると必ずしも右の如くその記載文言通りには解し難いのである。即ち、証人赤崎政応の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証並びに同証人及び同国武定三の各証言によると、右覚書が作成された昭和三六年当時、造船界では臨時工の本工採用替の問題が起つており、被申請会社の労組でも上部団体の造船総連の指示に基づき、会社側に対して臨時従業員一般の問題として臨時期間の短縮を強く要求し、その結果同年五月二〇日臨時嘱託者に関する申し合せ事項として該覚書(乙第一号証)が作成締結されたのであるが、右交渉において組合側が最も力を注いだ対象は、二ケ月の期間を定めて雇入れられた所謂臨時工についてでありこれらの臨時工は従来一年間余りも契約を更新された後ようやく本工に採用されて組合員の資格が与えられていたのを六ケ月に短縮させるべく要求したものであつて、これにひきかえ申請人のような見習期間中の養成工についてはこれまで欠格事由がなければ例外なく本工に登用されていたため特に問題とされなかつたことが窺われるから右覚書の但書の趣旨は、単に従前から取扱われてきた本工登用基準(欠格事由なき限り登用)を組合との間において改めて確認したに止まるものと言うべく、当該養成工を不適格として従業員たる地位を失わせるためには、その者につき従業員としての適格性を欠く事由が存し、これに基づき否定的価値判断がなされることを要すると解する妨げになるものではない。

第三、契約終了の意思表示の効力の有無

そこで被申請人の本件雇傭契約終了の意思表示が前段の基準に合し正当になされたか否かを考察するに、成立に争いのない乙第二号証の一乃至五に証人藤井高志、同笠松勝、同赤松啓次郎(後記措信しない部分を除く)、同国武定三の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

申請人は被申請会社工作部第二課仕上部に所属し、昭和三七年四月二日から同年一〇月二〇日までの間に欠勤は二、三日で遅刻早退はなく、その他会社における勤務状態に不良な点はなかつた。次に産業高校への出席率は昭和三七年四月から同年九月までの間七一・八%、遅刻四回、早退三回であつて会社側から二、三度注意を受けている。なお、採用後六ケ月経過して一たん本工に登用された後は、例え通学を怠つたり任意退学をしてもそのことの故をもつて会社側から注意を受けたり解雇されたりすると云うことは皆無であつた。

右の他被申請人が主張するところの、会社において服装態度が悪かつたとの事実、無断で職場を離れた事実については、これに副う証人赤松啓次郎の証言はすべて伝聞に基づくものでたやすく信用し難く、他にこれを認めるに足る的確な証拠はないし、また産業高校への出席不良に拘らず本工に登用された申請外曾原伸二、同藤井高志の両名は会社から注意を受けた直後は出席状態が良くなつているとの事実の疎明は存しない。なお前記乙第二号証の一乃至五によると、右藤井の、申請人と同一期間内における出席率は七三・一%、遅刻六回、早退八回であることが認められる。

右に認定した事実関係からすると、被申請人が申請人について適格性を欠く事由として主張するところのうちその存在を認めうるのは産業高校への出席状態が不良であると言うことのみであり、申請人の出席率はかなり低いことは被申請人主張のとおりであるが、それにしても七〇%を上廻つており、且つ本工に移行した前記藤井と対比しても同人とは出席率において僅か一・三%の差しか存せず遅刻、早退の回数においては却つて右藤井の方が申請人よりも多いし、他方労働基準法第七章の技能者養成制度の下における養成工のように教習時間が全て労働時間とみなされる場合であれば格別、被申請会社のごとく、定められた勤務時間以外に定時制高校に通学している養成工にあつては、主として企業内における勤務状態によつて従業員としての適格性を判断すべきであつて、定時制高校への通学状態にその重点を置くことはできないものと言うべく、まして定時制高校に通学することが雇傭契約の内容若しくは労働条件になつていない本件においてはなお更である。(この点は被申請人において自認するところである)また前記認定のように高校通学の期間中、当初の六ケ月間のみを問題とし、その後の三年六ケ月間の通学については全く不問に付すると言うのでは、何故に当初の六ケ月間だけをかく厳格に義務付けるのか、少くとも四年間高校へ就学させることによつて従業員の養成をはかると云う趣旨からは社会通念上その合理性に乏しく、要するに申請人の会社における勤務状態そのものは決して悪くないのであるから、前記産業高校への出席状態不良の点のみをもつてしては未だ申請人が本工に登用されるにつき適格性を欠くとは認め難く従つて本件雇傭契約終了の意思表示はその余の無効原因の有無について判断するまでもなく無効であると言わなければならない。

第四、申請人の賃金請求権

被申請人は申請人を会社従業員として取扱わず、その労務の提供を拒否しているものであるから、昭和三七年一〇月二一日以降申請人は被申請人に対し賃金請求権を有することは明らかである。しかして申請人が昭和三七年一〇月二〇日当時毎月二五日の給料日に金一万〇一四〇円の平均賃金の支払を受けていたことは被申請人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなし、従つて申請人は被申請人に対し昭和三七年一〇月二一日以降毎月二五日限り一ケ月金一万〇一四〇円の割合による賃金請求権を有するものと言うべきである。

第五、保全の必要性

申請人が被申請会社の従業員たる地位を有するに拘らず、従業員としての取扱いを拒否せられることは、それ自体甚大なる有形無形の不利益乃至苦痛を与えられるものであるから、その地位保全の必要性を認め得べく、また申請人本人の供述によると、同人は昭和三八年一月一七日以降ゴム会社に働いているが右就労は被申請会社から従業員としての取扱いを拒否せられ収入を失つたため生活の必要からやむを得ず臨時にアルバイトとして働いているに過ぎない事情が窺われるので、申請人はなお未だ会社から賃金を得なければ生活上極めて不安な状態におかれているものと言うべく、昭和三七年一〇月二一日以降毎月二五日限り一ケ月金一万〇一四〇円の割合による賃金の仮払いの必要性があると言わなければならない。

第六、結論

そうすると、申請人の本件仮処分申請はその理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田常雄 永岡正毅 松原直幹)

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